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Channel: Ichiya Nakamura / 中村伊知哉
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新版 超ヒマ社会をつくる5 超ポップ戦略

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■新版超ヒマ社会をつくる5 超ポップ戦略


 近著「新版超ヒマ社会をつくるアフターコロナはネコの時代」。その一部を、しみ出します。

 第3章「超ポップ戦略」から。

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○クールジャパンは外来語


漫才の頂上決戦、M1グランプリ2020はマヂカルラブリーが制した。しゃべらずに暴れ倒すボケにツッコミまくる芸は、漫才か否か論争を巻き起こした。20年の歴史をもつこの大会が中川家からミルクボーイまで育んだかけあいしゃべくり表現を覆すパンク。

とはいえ漫才には、音曲、踊り、どつき、ぼやき、古くからさまざまなスタイルがあった。かけあいしゃべくりに固定するのは、ポップを捨てて伝統芸能へ逃げ込む道となる。様式をひっくり返し、多様化するのがポップカルチャーの要件だ。コロナで逼塞する中、ポップな漫才はあえてパンクな表現を覇者とした。

芸人もアーティストもクリエイターも巣ごもらざるを得ない。泰平とうらはらの難儀な時代に生まれる表現がある。ジャズもパンクも抑圧から生まれた。[グッド・タイムズ・バッド・タイムズ](レッド・ツェッペリン)

吉本芸人たちは自宅劇場と称して、次々とスマホでネタを繰り出した。新種の笑いが生まれた。星野源がインスタに投稿した「うちで踊ろう」がアーティストや政治家などを巻き込んで動画、ダンスなど数珠つなぎに表現を生んだ。アバターでの音楽ライブも作られた。

巣ごもり需要で世界的に活況となったeスポーツでは、F1、テニス、NBAのトップ選手が参加して、リアルスポーツとの融合が図られた。室内マシンで自転車をこいでタイムを競うバーチャル・ツール・ド・フランスが開催され、五輪をバーチャル開催する可能性を見せた。

コロナは新しい表現、新しいエンタメを生んでいる。いまも沸々と見えない芽吹き、聞こえない胎動があるはずだ。ネオ・ルネサンスが現れてくることを望む。


 超ヒマ社会は、めくるめくエンタメ社会である。ポップでクールなエンタテイメント人生となる。テクノロジーでエンタメは、ポップカルチャーはどう拡張するのか。超ヒマ社会では、エンタメは、ポップカルチャーはどう活きるのか。

 大阪出身の女性バンド「少年ナイフ」。80年代にぼくがディレクターを務めた。90年代、マイクロソフトのCMでローリング・ストーンズの後釜に座り、ニルヴァーナの世界ツアーのパートナーも引き受けた。世界で最も有名な日本のバンドだった。
 その人気を上回るアーティストが登場した。初音ミクだ。2012年ロンドン五輪の開会式で歌ってほしい歌手の国際投票で一位を獲得した。本番ではポール・マッカートニーがヘイ・ジュードを歌い、実現はしなかった。だがこれは、日本のデジタル・ポップが世界的な定着をみたことを示している。

 ロンドン開会式ではジェームスボンドが女王陛下を空中からエスコートした。Mr.ビーンがシンセサイザーを演奏した。デヴィッド・ベッカムがアシストして、ポールが登場。クール・ブリタニア。よかったね。そこでぼくはロンドンの学生1000人に聞いてみた。2020トーキョーは誰が開会式の壇上にふさわしい?

 残念ながら政治家の名は挙がらない。残念ながらアーティストもスポーツ選手も挙がらない。挙がったのは、ガンダム、孫悟空、ピカチュウ。彼らが日本人かどうかは知らん。けど、日本を代表することはできる。日本はキャラクターの国だから。ハラキリ、カミカゼの闘う国というイメージはもうない。トヨタ、ホンダ、ソニーの闘う企業のイメージもない。ナルト、デスノート、ワンピース、ブリーチ、ユーギオー、セーラームーン、コナン、グレンダイザー、カウボーイビバップ、ランマ。日本はポップカルチャーの国なのだ。

 2016年リオ五輪の閉会式。キャプテン翼、ドラえもん、パックマン、キティちゃんに次いで、土管から安倍マリオが登場した。かつてマンガ・アニメ・ゲームは国の規制対象でしかなかったが、今や国宝であることを地球の裏側で示した。

 

 ガラリと顔が変わった。今世紀の初めには、変わっていた。

 香港で会った高層マンションに住む20代の女性「日本に住みたいです。」なぜ?「だって日本人はみんな一軒家に住んでいるから。」ぼくは一軒家に住んだことはないけど?誰が住んでるの?「ドラえもん。」おう。「ちびまる子ちゃん。」ああ。「クレヨンしんちゃん。」うん。「アラレちゃん。」

 ねぇ日本の総理大臣、知ってる?「知らない」。ソニー、トヨタ、ホンダのCEOは知ってる?「知らない。知ってるの、その人たちだけ。」ドラえもんやアラレちゃんが「日本人」かどうか、こっちが知らない。が、彼女にとって日本の顔だというのは定かだ。

 前川陽子さんのキューティーハニーをバックに踊りまくる男ども。日本の女子高生のコスプレ衣装を着た女たち。ガングロもヤマンバいる。コスプレ、かぶりもの、ビジュアル系、キワモノ、ロリータ、ゴスロリ。マンガコーナーでは、フランス語訳だけでなく、日本語版のオリジナルもずらり並ぶ。アニメDVDに群がる腐女子風、PSPで最新ゲームを試す子ども、刀、ぬいぐるみ・人形、そしてライブ。たこ焼きに長蛇の列。ラーメン、カレー、ギョーザ丼、牛丼、うどん、おにぎり。

 初夏にパリ郊外で開かれる「ジャパンエキスポ」の会場だ。マンガ・アニメ・ゲームを中心とするポップカルチャーと、書道や武道・茶道・折り紙などの伝統文化を合わせた、日本文化のフェスティバル。2001年にスタートし、2019年には4日間で25万人が足を運んだ。

 ロサンゼルス「アニメエキスポ」35万人、バルセロナ「マンガバルセロナ」15万人、ロンドン「ハイパージャパン」13万人。欧米・アジア各地で開かれるポップカルチャー祭は会場のキャパオーバーに悩む。2020年はコロナで延期・オンラインを余儀なくされたが、コロナ後は戻る需要をどう裁こう。フランクフルト大学の日本学科は教授が2名しかいないのに、日本のポップカルチャー熱で学生が500人もいる。キャパオーバー。


 スタンフォード大学ロバート・ラフリン教授は1998年にノーベル物理学賞を受賞した。そこでぼくは聞いてみた。ノーベル賞を取って一番うれしかったことは?「オートモのサインをもらえたことだ。」AKIRAスチームボーイ大友克洋さんか?「大友さんにファンレターを出し続けていたがなしのつぶてだった。ノーベル賞の報告をしたらサインが送られてきた。ノーベル賞はスゴい。」ノーベル賞より、大友さんのほうがスゴい。後日ぼくは大友さんにラフリン教授がそう言っていたと話した。大友さんは誰のことか覚えていなかった。

 アメリカでもヨーロッパでも日本のマンガが現地コミックをしのぐ人気をみせる。古来、横書きで左とじの本を読んできた欧米では今、右手で開く右とじの日本マンガの翻訳版が書店に並ぶという文化史的な現象が進んでいる。

 パリ郊外、デファンスの書店に入った。フランスのマンガ、バンド・デシネのコーナーよりも、日本マンガのコーナーのほうがうんと広い。その一角にアルファベットで「YAOI」と書いてある。下に小文字で「Boy’s Love」とある。BLはともかく「やおい」という言葉を知る人は日本人でも多くあるまい。だがデファンスの子どもたちが最初に知る日本語は「やおい」なのかも知れない。日本では絶滅した、いや駆除したはずのガングロやヤマンバがここでは生きながらえる。その文化の伝搬力、浸透力たるや。

 尖閣問題に怒った中国人は「リーベングイズ(日本鬼子)」と激しくののしった。日本のネット民は萌えキャラ「日本鬼子(ひのもとおにこ)」を作って先方を膝カックンにした。その時期に北京大学の政治学部でぼくが講義をしたところ、数十名の博士課程の学生たちから日本のアニメ、ゲームについての質問攻めにあった。そんなにスキなら尖閣騒ぎ止めてくれと頼んだ。彼らに、好きな日本人は?と聞くと、3位 宮崎駿、2位 ドラえもん、1位 蒼井そら、であった。海賊版で見ているという。おい政治学部。

 1936年に盧溝橋事件が起きた場所にある「人民抗日戦争記念館」。中国軍、日本相手にかくかく戦えり。残虐な絵がこれでもかと飾ってある。その売店には、テニスの王子様のキーホールダーやキティちゃんのペンがあふれていた。なんだいやっぱりスキなのか。    

 櫻井孝昌「日本が好きすぎる中国人女子」によれば、アニサマ上海では1万人の中国人が日本語でアニソンを熱唱するという。中国人女子はオタクという言葉にも、BLと腐女子をも誇りに思っているという。BL女子が実に元気だという。彼女たちを元気にしている。


 ダクラス・マクグレイさんがクールジャパンという言葉のきっかけとなった論文「日本のグロス・ナショナル・クール」を発表したのは2002年。グロス・ナショナル・クールとは、GNP(グロス・ナショナル・プロダクト、国民総生産)になぞらえた概念で、「流行文化力」とも称すべきクールな(かっこいい)価値を国力の指標にみたてたものだ。クールジャパンは外来語なのだ。

 冒頭、こう記す。「日本はスーパーパワーを再生している。政治経済の逆境というよく知られた状況に反し、日本の国際的な文化影響力は静かに成長してきている。ポップミュージックから家電まで、建築からファッションまで、そしてアニメから料理まで、日本は80年代の経済パワーがなしとげた以上の文化的スーパーパワーを示している・・」

 2002年には世界に日本のポップの力が認識されるもう一つの事件があった。宮崎駿監督「千と千尋の神隠し」がベネチア国際映画祭でグランプリ(金獅子賞)を受賞したのだ。八百万の神々が棲むユビキタスな空間を生き抜く少女の成長物語。この難解なアニメが名門の映画祭で評価された。世界の興行史上トップはジェームズ・キャメロン「タイタニック」だが、この作品が日本の興行成績1位を長く保った。日本のポップは審美眼のあるオーディエンスが支える。

 2021年正月は「鬼滅の刃」が公開からわずか2か月で千と千尋の興収を抜いたという大ニュースで明けた。約20年ぶりの首位交代。でもやはり日本はアニメなのだ。


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