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Channel: Ichiya Nakamura / 中村伊知哉
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白書「フィクションで描かれたICT社会の未来像」17/27

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■白書「フィクションで描かれたICT社会の未来像」17/27

4.人工知能、自動制御、ロボット

(1)「 鉄腕アトム」~ロボットのイメージを決定づけた作品

 人々は、遠い昔から自分たちの分身を作ることを夢見てきた。古くはギリシア神話に登場する青銅の巨人タロスやユダヤ教の伝承に登場する泥人形のゴーレム、錬金術師としても有名なルネサンス期の医師パラケルススの著作に製法が記された人工生命ホムンクルスはゲーテの「ファウスト(原題:Faust)」の中にも登場する。

 1818 年にメアリー・シェリーが匿名で出版した「フランケンシュタイン(原題:Frankenstein:or The Modern Prometheus)」も人造人間を描いた話で、1931年のジェイムズ・ホエール監督の作品も含め、何度も映画化されている。1883年にイタリアの作家カルロ・コッローディが発表した「ピノッキオの冒険(原題:Le Adventure di Pinocchio)」では、意志を持って話す丸太から作られた木製人形が、妖精の手で人間になるまでの冒険を描いたものだが、後にディズニー映画となることで世界的な人気を得た。

 また、ヨーロッパで作られたオートマタや日本のからくり人形に見られるように、人間の分身を人工的に作る試みは数百年前から続けられてきており、現代においては様々な形状、機能のロボットが作られ、日常生活にも少しずつ浸透を始めている。

 「鉄腕アトム」は、1952年からマンガ連載が開始され、1963年に国産初の連続テレビアニメシリーズとして放送が開始された歴史的作品である。テレビアニメ放送当時の最高視聴率は40%を超え、テレビという当時最新のメディアで活躍するアトムの姿は、視聴者の子供たちにとってのロボットの原イメージとなった。今回行ったFacebookアンケートにおいても作品として、また実現を望むものとして回答した方が非常に多かった作品である。

 原作マンガの作者であり、自身が主催する虫プロダクションを率いてアニメの制作も行った手塚治虫はこの作品で、高層ビルが立ち並ぶ中をエアカーが行き来する未来の社会を描くとともに、それまでのロボット観とは大きく異なる、人間のよき理解者としての新しいロボット像を切り開いている。

 手塚が描いた21世紀は、人間とロボットが共存する世界である。アトムの特徴は十万馬力のパワーや飛行能力をはじめとする七つの力とともに、人間と同じように感じることができる「心」を持ったロボットであることだ。

 こうした特徴を持つロボットを描いた作品は、当時極めて珍しいものだったが、当時の視聴者の共感度は高く、文化的社会的影響も大きい。現在の日本のロボット工学学者たちには幼少時代に「鉄腕アトム」に触れたことがロボット技術者を志すきっかけとなっている人も多く、現在の日本の高水準のロボット技術力にはこの作品の貢献が大きいとも言える。アトムは人間と同じように感じられる心を持っているがゆえに、人間とロボットの間の板挟みになって悩む。「心」を持つがゆえの葛藤である。

 こうした作品を描く中で、フィクションの作り手は社会がそのロボットたちをどう扱うかについての想像を巡らせている。最も有名なものは、アメリカの小説家アイザック・アシモフがSF作家ジョン・キャンベルJr.との討議のもとにまとめ、1950年に発表した「われはロボット(原題:I, Robot)」の中で示した「ロボット工学三原則」である。

 ロボット工学三原則は次の3条からなる。

・第1条: ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

・第2条: ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りではない。

・第3条: ロボットは前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない。

 アトムが住む世界でもロボット法は制定されており、シリーズの中でも人気が高い「青騎士の巻」で、その内容が詳しく紹介されている。
・ロボットは人を傷つけたり、殺してはいけない。
・ロボットは人間につくすために生まれてきたものである。
・ロボットは作った人間を父と呼ばなければならない。
・ロボットは人間の家や道具を壊してはいけない。
・人間が分解したロボットを別のロボットが組み立ててはならない。
・無断で自分の顔を変えたり、別のロボットになったりしてはいけない。他

 「鉄腕アトム」の放送開始から50年あまりの時が過ぎ、その間に日本ではASIMOなどの二足歩行型のロボットが開発され、産業用ロボットの世界でも高い評価を受けてきた。しかし、アトムのような「心」を持ったロボットは、現時点ではまだ開発されていない。実際にアトムのようなロボットを開発するためには、感情を持ち、相手の気持ちを理解する人工知能を実現する必要があり、実現に向けたハードルはまだ高い。

 ただ、ロボットの社会への進出のスピードは加速しており、「鉄腕アトム」の世界とは違う形でロボットと人間の関係は深まっている。

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