■一位に推したい京都本、有賀健「京都」
有賀健さん著「京都」。
歴史文化モノだけでなく、京都学派やら老舗経営やら京都好き・きらい系やら、あれこれ読んできたが、一位に推したい京都本。
京都大学経済の大先輩が、応用経済学に立脚し、京都の産業、文化、社会、インフラについて近代の歩みから捉え直す。
濃密な書です。
京都本にはステレオタイプがある。
西陣織と任天堂・京セラに代表される古くて新しい町。
保守性と革新性の同居。閉鎖・保守性と過激な学生運動・パンク。
そして、洛中の選民意識と洛外との断絶。
この本では、その在り処が紐解かれます。そういうことなんやね。
結論は、終章「東京や大阪が成し遂げたことを京都が成し遂げなかった」のは「京都という都市と社会が、近世の都市と社会から完全には脱却できなかったから」。
江戸以前を温存し流動性が低かったんですな。
まず、京都の真ん中の旧弊・閉鎖性。
洛中「田の字」地区は西陣ら伝統産業が根を張る。
絹織物や工芸ら手工業の中小自営業者である「町衆」が社会を固定している。
文化を維持するが経済を塩漬けにし、空洞化していることを示します。
「田の字」つまり祇園祭を支える区域は、明治後にできた番組小学校の「元学区」で呼ばれる。
その町衆の排他的な自治の仕組みが描かれます。
ぼくは元「本能小学校」の学区に住みます。焼けた本能寺があったとこ。
祇園祭の山鉾「蟷螂山」巡行には元本能学区の者として参加しました。
明治まで上中下京区が市。左京・右京・東山・北・伏見は市外で、そこには低所得層が流入した。
近代以降の人口推移と、地域を区分する意識も分析されています。
70年ごろの白川界隈の田舎ぶりや、うらぶれた老人の町という筆者の印象は、子供時代を同地域で過ごした者として共鳴します。
一方、産業は郊外・南西部で成長した。
任天堂、京セラ、村田、オムロン、日本電産らハイテク企業は南西部に位置し昭和後半に急成長した。
B2Bの部品製造業が中心で、他企業との取引が薄い孤立企業が世界市場に打って出た。
「阪神工業地帯との近接性と交通アクセスの良さによる立地」で、洛中とは分断していた。
洛中では市場取引に慎重で金融業が育たなかった。
京都に本店を置く銀行は京都銀行のみ。大阪との違い。
VC、証券会社など「市場への道案内」役も欠けている。
筆者が「ゆりかご都市」と呼ぶインキュベーション機能も弱い。
都市インフラの乏しさも特徴です。
特に鉄道網に特異性がある。
市内は市電がなくなって地下鉄が東西にできたが京福と叡電は盲腸線。
京都から大阪方面には京阪、阪急、近鉄、JRが走るがヨコ連携は悪い。
都心はスカスカで、外向けはムダが多いですね。
今や観光の中心となった和食・京料理にも言及します。
もともと「京の着倒れ大阪の食い倒れ」、京都は食の町ではなかった。
魚はなく庶民には高すぎるメシの町。
王将や天下一品が生まれたのは反動ですかね。
食べログなどウェブのデータを使い、人気店の大半が今世紀の創業と示す面白い分析もあります。
ボストンとパリという2つの都市と比較分析しているのも面白い。
ボストンはMIT、ハーバードら大学が集積し、繊維産業中心の古い工業都市だった。
没落後、インキュベーション強化と都心部の再開発により90年代以降に復活した。
金融・コンサル業とIT産業が強力でベンチャーも興隆している。
示唆的。
そして京都が目指す「理想に一番近い都市はパリ」とします。
「文化・芸術・先端産業の都市」。
だがパリの繁栄はフランスの極端な「中央集権の鏡像」でもあり、京都がその位置につく可能性はないとも。
ぼくは京都・東京のほか、ボストンとパリに住みました。
両都市は京都の姉妹都市。姉妹に学びましょう。
さて、出色は政策提言2点です。
まず「田の字」地区をすべて2車線にする区画整理。
都心をぶっ壊せ。オスマンによるパリ再開発を彷彿します。
環状地下鉄に加え、高速道の市内延伸と地下高速化。
ボストンの再開発を彷彿します。
大胆。
京都は中央政治の中でのパワーが不足していたとも指摘されます。
最後に、デジタル敗戦についても言及されます。
ICT部門で国際競争力を失ったのは中央政策の失敗であると。
耳イタ。
そのうえで、ICT部門で東京に対抗する集積の望みを託しておられます。
ぼくも望みを感じて書を閉じました。