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Channel: Ichiya Nakamura / 中村伊知哉
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白書「フィクションで描かれたICT社会の未来像」22/27

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■白書「フィクションで描かれたICT社会の未来像」22/27

5.ICTの進化がもたらす社会全体の変化~総括

(1)「 空中都市008:アオゾラ市のものがたり」~あこがれの未来社会

 児童向けSF小説「空中都市008:アオゾラ市のものがたり」の雑誌掲載が開始されたのは、1968年である。翌年にはテレビ人形劇化され、NHKで「ひょっこりひょうたん島」の後番組として1年間放送されている。

 この時代、一般にとってまだ未来は空想の上にあるもので、子供向け雑誌には空想科学もののマンガが乱立し、巻頭ページや特集ページには未来を描いた想像図が掲載されていたが、作者の小松左京は、当時の研究者や技術者が考える実現可能あるいは近い将来に実現すると思われていた技術を取り入れながら、空中都市と呼ばれる高層建築に引っ越してくる兄妹を中心に21世紀の生活を描いている。

 この作品の中に描かれる未来図は、主に生活と交通に分類できる。


「空中都市008アオゾラ市の物語で描かれる未来像」
生活
・50階建以上の高層ビルの複合体での生活
・都市生活は電子脳が管理
・買い物はテレビ電話を使ったEC中心
・新聞はファクシミリニュースに
・電子図書館
  →磁気テープなどに記録保存
   テレビ電話による音声対応、画面表示
   テレビ電話やファクシミリでの送付可能
・人間型ロボットの一般化
・イルカの知性化
交通
・動く道路
・自動運転の電気自動車
・自動運転のエアカー
  →いずれも都市の電子脳が管理
・HST(超超音速旅客機)の普及
・月旅行が一般化、人類は火星、木星にも進出
・リニアモーターカーが開通
・海中交通の利用、海底都市の構築
・ホバークラフト交通の発達
         作品をもとに筆者分類

 エアカーや海中交通などは、環境問題、経済効率、より良い技術の出現といった理由で実現されていない。また、作品ではイルカが知性化されてしゃべったりする様子が描かれているが、これも実現されていない。

 しかし、eコマースや新聞、電子図書館といったものは、ICTの進歩により、形を変えて実現していると言って良い。図書館自体の電子化は著作権の問題が別にあり、これからの課題だが、作品の中で描かれた機能の多くはインターネットを使う形で実現されている。また、自動走行車も開発が行われている。

 HST(Hypersonic transport=極超音速旅客機)については、1976年に運航開始したSST(Supersonic transport=超音速旅客機)のコンコルドが経済性や騒音といった問題で2003年に商業運航を終了しているが、国内ではJAXA、海外でも英国などでの開発が行われている。

 作品の中では、管理コンピューターの不具合による流通や交通システムの混乱も描かれている。原因は『中央電子脳のいちばんたいせつなところがなんとばいきんによってむしばまれていた。』(「空中都市008:アオゾラ市のものがたり」文中より引用)ということだ。作者は鉄を食うバクテリアのような細菌をイメージして書いたものだが、現在のコンピューターウィルスが連想される。

 作品の冒頭には読者の子供たちに向けてこんな言葉が記されている。

 これは21世紀のお話です。(中略)そのころの世界は、きっとすばらしいものになっているでしょう。町はきれいになり、すばらしいビルがたち、町を歩いても自動車にひかれることもなく、工場のけむりや排気ガスで、空がよごれるようなこともなく、大きな町の空は、いつもあおあおとすみわたっているでしょう。(中略)それから―世界じゅうで、戦争はなくなり、病気もほとんどすぐなおるようになり、まずしい人たちもなくなっているでしょう。(「空中都市008:アオゾラ市のものがたり」文中より引用)

1描かれた未来図は、将来への願いのもとに作った理想の未来だった。

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